- 手術前の日常生活
私が人工股関節の手術を受けたのは40歳の時でした。
左先天性股関節脱臼で物心ついた時には跛行(簡単に言うとびっこをひきながら歩くことです)があり、色々と嫌な思いもしてきました。詳しくはこちらの記事
年長の時から小学校4年生まで入退院、手術は4回経験し、小学校1年生の時はほぼ通学できず、学校側から繰り上がって進級せずに1年生をやり直してはと提案されたそうです。(いわゆる留年ですね)私には年子で弟がいたので、親はそうなると弟と同じ学年になってしまうからと、ほぼ行けていない小学校1年生から2年生に上がりました。一時退院して時々学校には行きました。松葉づえもしているし、誰が見ても足が悪いとわかるので、初めて会う人たちには「足、どうしたの?大丈夫?」と聞かれるのは当たり前でした。小学生の時はできるだけ両足の負担がかからないようにと医師の指示で松葉杖を使用していました。体育は不可能見学の指示でした。今思えば、水泳くらいはして良かったのにと思いますが、子どもながら親から指示された体育見学は小学生6年間ずっとでした。
中学生入学時に突然親から「今日から松葉づえはしなくていい。」と言われ、足の負担になるような体育の内容は見学と言われました。中学となれば部活があります。運動系の部活は足に負担がかかるのでしてはいけません。仕方なく1年生の時は文科系の部活に入って活動していました。しかし、4つ上の姉がバスケットボール部でキャプテンをしていたことで、バスケットボールに興味があり、本来はしてはいけない運動系の部活を「自分がしたいことができないなんて。やってみたい。それで足がどうにかなったとしても、体験したい。」気持ちが強く、中学2年生の時にバスケットボール部に入部しました。
今までしてはいけなかったランニングや運動、とても楽しくて充実していました。ある日、とても長い距離を走る部活のメニューの日がありました。そのメニューをこなし終わり、帰宅してから初めてもともと先天性股関節脱臼だった、私でいう悪い方の股関節に骨の痛みのような鈍痛を経験しました。さすっても、押さえても治りません。それが、してはいけない過度な運動をしてから初めての足の痛みでした。その時に、足を使いすぎたらこんなに痛みがでるんだと実感しました。部活はやめませんでしたが、過度なメニューの時は、足が痛くなると顧問に伝えやらないこともありました。
幼少期は入退院の繰り返しで身近な環境が看護師さんたちでした。私が高校を卒業し選んだ職業は体力勝負の看護師で、足の負担を考えると避ける方がいい職業でした。でも、中学生の時と同じ、「やりたい」気持ちが強く自分の気持ちに正直に進みました。看護学校在籍中、20歳を過ぎたあたりから、たくさん歩いたり、立ちっぱなしの時は、左足が痛むようになり、その当時ボルタレン座薬というものが一番即効性があったため、痛いときは座薬を入れて痛みをなくして、日常生活を過ごしていました。
ボルタレン座薬がない時はロキソニンという鎮痛剤を服用しただでさえ、足が悪い看護師とわかる以上、患者さんに「あの子は足が悪いから頼み事しづらい。申し訳ない。」と思ってほしくないと、元気よく一生懸命仕事に打ち込んでいました。薬が痛みをとってくれていたからできていたことでした。
足の痛みが強くなりだしたのは、30歳で出産を経験してからでした。
10キロ近い子どもを抱っこするのは日常で、プラス仕事で動きっぱなし、家事も立ちっぱなしということも重なったからか、その頃から1日2回ほど座薬を入れて痛みを抑えていました。
35歳頃には、2人目も出産し、育児の労力は過度になりました。座薬は1日2~3回使用し、座薬がなくなった時はロキソニンを1日3~4回、40歳手前には1日6回くらい服用しないと、痛みがとれず、服用しても完全には痛みが消失しないので、日々の外出がとても苦痛になりました。この頃から薬を使用しても痛みがとれなくなりました。
足の痛みがとれないので家事も辛く、子どもは外に出て体を動かして遊びたい時期なのに、公園に連れていくことさえも、なかなかできることではありませんでした。
30代後半になり、どんどんできていたことができなくなっていきました。例えば、靴下をはくことが痛みでしづらく、小さな子どもに靴下をはかせてもらうことがあったり、布団を敷いた後、わずか10cmほどの布団の段差をまたぐためにも股関節に激痛が走りました。寝る時も体は疲れているのに足の痛みで寝にくかったり、寝ていても寝返りをうつ時の足の痛みで何度も目覚めていました。
家族にも迷惑をかけることが増え、このまま何もできず家にいるしかできないのだろうか・・・。生きながら死んでいるようだと足の痛みを感じながら家族が寝静まった後に枕を涙で濡らすことが何度もありました。
その当時、人工股関節の手術は高齢の方が受けるイメージが一般的でした。看護師の知識としても同様でした。
でも、この痛みをなくし、自分らしく生きていくには人工股関節の手術しかないのではないか・・・。
人工股関節の手術がうけられないだろうか・・・。
ネットでの情報収集が始まりました。
