ASD・ADHDの診断を子ども本人にどう伝える?

自閉スぺトラム症の子育て

昨日、noteで、ASD・ADHDの診断を受けた娘本人に、私がどう伝えてきたのかを書きました。

今回はブログなので、もう少し具体的に書いてみようと思います。

本人が「自分は人と違う」と気づくとは限らない

思春期や成人になってから、

「私、人と違うのかな」
「どうして私は、みんなと同じようにできないんだろう」
「もしかして発達障害なのかな」

と、自分自身に疑問を感じ、インターネットで調べたり、受診につながったりする人もいると思います。

一方で、自分自身には特に疑問を感じていないケースもあります。

周囲が困惑していても、本人にはその反応が十分に伝わっていない。

本人自身は困っていないので、

「なぜ病院に行く必要があるの?」

という感覚のまま成長することもあります。

もちろん、本人も周囲も困っておらず、生活にも支障がないのであれば、それ自体が問題になるわけではありません。

ただ、本人の言動によって周囲との関係がうまくいかなくなったり、学校や職場でつまずいたり、人間関係が続かなくなったりすると、本人自身が自分の傾向を知る必要が出てくることがあります。

娘自身は、困っていなかった

私の娘は、小学4年生の時にASD・ADHDと診断されました。

このブログやInstagramにも書いてきましたが、保育園の頃から、私や保育士の先生は娘の行動に違和感を感じ始めていました。

小学校に入ると、担任の先生からも、他の子どもたちと同じような声かけや対応ではうまくいかない場面について話を聞くようになりました。

周囲は困惑していました。

けれど、娘自身は困っていませんでした。

「これをしたいからする」

本人の中では、それで完結していました。

チャイムが鳴っても、みんなが次の行動に移っていても、自分がまだ続けたいと思えば続ける。

もちろんこれは娘の行動の一部にすぎませんが、当時の私は、

「この子が自分の特性に気づくのは、もっと大人になってからかもしれない」

と感じていました。

場合によっては、社会に出て、人間関係や仕事で何度もつまずいてから初めて気づく可能性もある。

看護師として精神科で働き、発達障害について学んできた経験から、高学年、中学生、高校生と成長するにつれて、周囲との違いや「同じようにできないしんどさ」が大きくなる可能性も考えていました。

困ってから初めて知るのではなく、前から知っていてほしかった

本人が自分自身に疑問を持つまで待って、その時に初めて診断について伝える方法もあると思います。

でも私は、そうしませんでした。

「どうして自分だけできないんだろう」

「どうしていつも人とうまくいかないんだろう」

そうした疑問や失敗が積み重なったあとで、

「実はあなたには、こういう診断がある」

と初めて知らされるよりも、まだ本人が大きく困っていない時期から、少しずつ知っておいてほしいと思ったからです。

娘は当時、

「自分はみんなと同じなのに、どうして長期休みになると病院へ行くのだろう」

くらいに感じていたのだと思います。

それでも私は、年齢に合わせて言葉を変えながら、

「発達障害」
「ASD」
「ADHD」

という診断名や、それぞれに一般的に言われている特性について伝えてきました。

「自分には何か診断がついている」

「みんなと少し違うところがあるのかもしれない」

最初は、その程度の理解でもいいと思っていました。

知っていれば、いつか本人自身が興味を持った時に調べることができます。

そして、

「私はどういう時に困るのか」
「どうしたら少し楽になるのか」

と、自分を理解し、自分なりの対処方法を考えることにつながるかもしれない。

そう考えていました。

「自分が悪い」と思ってほしくなかった

思春期以降、周囲との違いや失敗が増えれば、

「なんで私はできないんだろう」

と自分を責めることもあると思います。

その経験が続けば、自信をなくしたり、自分自身を否定したくなったりすることもあります。

だから私は、診断について話すたびに伝えていました。

「あなたにはこういう診断がついている。でも、それであなたが悪いわけではない」

「みんなと同じようにできないことがあっても、あなた自身が悪いわけではない」

「特性として、どうしても苦手なこともある。でも、対処方法を考えることはできる」

「やってみてうまくいった方法があれば、その方法を使えばいい」

「困ったことがあれば、一緒に考えるから言ってほしい」

伝えたかったのは、診断名そのものではありません。

自分を嫌いにならないでほしい。

自分の存在まで否定しないでほしい。

そのために、小学4年生で診断を受けた時から、年齢や理解度に合わせて少しずつ伝え続けてきました。

娘が大人になって話してくれたこと

娘が専門学校を卒業し、就職が決まったあとの3月。

仕事を始める準備のため、一緒に買い物をしたり出かけたりすることが増えました。

17歳頃から21歳頃までは反抗期だった娘ですが、この時期は二人でたくさん話をしました。

その中で、娘がこんなことを話してくれました。

「昔は、お母さんがADHDとか診断のことを言う時、嫌だった。みんなと違うんだって思うし。でも最近は、『なんで私はこうなんだろう』って思う時に、ASD、ADHDだからか、そしたらこうしようって思えるし、気持ちが楽になる。だから、聞いていて今はよかったなって思ってる」

その言葉を聞いて、伝えてきた私の思いが報われたように感じました。

でも、ここに至るまでの説明は、一度で終わったものではありませんでした。

診断名だけで、その人を捉えたくなかった

私は看護師としてASDについて学び、訪問看護で利用者さんたちと接してきました。

精神科看護の中で見てきたのは、病名だけではなく、その人にどのような症状や特性があり、日常生活のどこで困っているのか、ということでした。

生活に支障が出ている部分を見て、そこに働きかける。

その視点は、娘と関わる時にも持っていました。

私にとってASDは、診断名だけで捉えるものではありません。

その人の特性と、実際の生活の両方を見ながら理解したいものです。

そして、娘との関わりの土台には、前回の記事で書いた、私がとても大事だと考えていることがあります。

今回の「本人にどう伝えるか」も、その思いにつながっています。

ASDであることを、娘が自分を否定する理由にしてほしくありませんでした。

診断を知ることが、自分を理解する手がかりになってほしいと思っていました。

最初は、通級に通う理由を説明した

娘が診断を受けたのは、小学4年生の時です。

当時、通級に通う理由について、私はこう話していました。

「自分の気持ちを言葉で言いにくいところがあるって分かったから、少しでも言葉で伝えられるように通うんだよ」

なぜ通う必要があるのか。

そこで何をするのか。

まずは、娘自身の生活につながる言葉で説明していました。

高学年になってからは、ASDやADHDという診断名も、はっきり伝えるようにしました。

タイミングを見ながら、

「一般的には、こういう特性があると言われているよ」

と説明することもありました。

「あなたはこうだ」と固定したくなかった

一般的な特性について説明しても、

「あなたはASDだからこうなる」
「こういうところはADHDだからだ」

と、娘の行動を診断名に結びつけて決めつけることは避けていました。

私が見ているのは、娘の生活の一部です。

その一部だけで、娘がどんな人なのか、何ができて何ができないのかを、私のものさしで固定したくありませんでした。

以前はできなかったことが、成長とともにできるようになったこともあります。

苦手だったことが、少しずつ苦手ではなくなっていったこともあります。

「こういう出来事があった」

「自分には、こういう傾向があるのかもしれない」

「だったら、こういう対策をしてみようかな」

娘自身が、経験の中で気づき、考えていってほしい。

自分を知り、自分なりの取扱説明書を作っていってほしい。

それが、診断や特性について伝えてきた理由でした。

でも今振り返ると、それは診断があるかないかにかかわらず、子育ての中で、子どもが少しずつ自分で考え、自立していけるよう関わることと同じなのだと思います。

聞きたくなさそうな時は、短く終えた

診断や特性について話していると、娘が少し無表情になったり、聞きたくなさそうに見えたりすることもありました。

そんな時は、話を短くして終えていました。

「人と違う」と知ることを、嫌だと感じることもあるだろうと思っていました。

だからこそ、一度に全部分かってもらおうとはしませんでした。

伝えたかったのは、

自分をだめだと思わなくていいこと。

人と比べて、自分を低く見なくていいこと。

恥じなくていいこと。

そのままの自分を否定しなくていいこと。

周囲とは違う物の見方ができる、という捉え方もあります。

私は、ASDやADHDだからという理由で、娘に自分を卑下してほしくありませんでした。

大人になった時に、なぜ私が何度も伝えていたのか、分かる時が来るかもしれない。

当時は、そう思っていました。

私自身の障害についても、一緒に話した

私は生まれつき股関節に障害があり、身体障害があります。

歩き方で、人と違うことが分かる。

それが、私はとても嫌でした。

「なぜ障害のない身体で生まれなかったのだろう」

そう思ってきた経験があります。

娘に診断について伝える時には、私自身のことも一緒に話していました。

「お母さんも身体に障害がある。歩き方で人と違うって分かるし、それがすごく嫌だった。なぜ障害のない身体で生まれなかったのかと思ってきたから、人と違うことが嫌だという気持ちは分かる」

もちろん、私と娘では障害の種類も経験も違います。

同じだとは思っていません。

それでも、人と違うことを嫌だと感じてきた自分の経験は、娘に伝えていました。

「障害を恥じなくていい」と話す私自身にも、自分の障害を嫌だと思う気持ちがある。

その両方を隠さずに話してきました。

成人した娘が、話してくれたこと

就職前の3月。

娘は、昔は診断の話を聞くのが嫌だったと教えてくれました。

そして今は、

「なんで私はこうなんだろう」

と思った時に、ASDやADHDという診断を一つの手がかりにして、

「だったら、こうしてみよう」

と次の方法を考えられるようになった。

気持ちが楽になることもある。

だから、聞いていてよかったと思う、と話してくれました。

昔、嫌だったという事実がなくなるわけではありません。

それでも、娘が今どう受け止めているのかを、娘自身の言葉で聞くことができました。

それが、うれしかったのです。

そして、就職を2日後に控えた時、娘が言いました。

「今まで育ててくれてありがとう」

感無量でした。

娘は、自分の思いを言葉にして、私に伝えてくれました。

その姿を見て、

「人の気持ちが考えられない」

という一言だけで、娘を捉えることはできないと思いました。

目の前にいる娘は、私への思いを、自分の言葉で伝えてくれていました。

診断名だけで娘を決めつけたくなかった。

人と比べて、自分をだめだと思ってほしくなかった。

自分を知って、自分なりの方法を考えていってほしかった。

その思いで伝えてきたことが、今、娘の中で一つの手がかりになっている。

「ASD・ADHDと聞いていて、今はよかった」

私にとって、忘れられない言葉になりました。

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