自閉スペクトラム症の子育て~思春期~

私はステップファミリーなのですが、娘が3歳になるかならないかの頃にステップファミリーとして新たに家族となりました。当初、私自身の実子は5歳と1歳後半の息子がいました。ステップファミリーとして子どもになった娘が、のちに「自閉スペクトラム症」と診断されました。どんなに一生懸命に考えて子育てしていても「自閉スペクトラム症の親」「継母」という見方で悲しい、悔しい思いをたくさんしてきました。そんな時にわかってもらいたかった、偏見なく話をきいてほしかったんです。今、子育てに奮闘しているお母さんたちに、どんなことがあってどんな思いでどう対応してきたかをお伝えしたいと思います。少しでもお母さんたちに1人じゃないと思ってもらえたら嬉しいです。

小学校4年生で「自閉スペクトラム症」「ADHD」と診断を受けました。私自身は出会ってからの娘の行動の答え合わせができたような感覚になりました。診断を否定する気持ちよりも、納得できたのと、小さな頃から叱ることばかりだったことに対して、娘の特性として私の求めていることが難しかったのだと理解でき、娘に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。診察室やその後の看護師さんの説明を受けている時もポロポロと涙がでてきました。娘には「ごめんね、たくさん叱って本当にごめんね。これからはお母さん、かわるから。」と伝えたことを覚えています。 

小学校の担任と校長と個別に話をして、普段、みんなと過ごしているなかで、みんなと同じことをしないといけない、人間関係、家庭と学校などで娘の思いを言葉にすることが難しいのではないか、そこから腕や足、顔などをひっかく、髪の毛を抜くなどの自傷行為があるのではないかと考え、診断があると使用できる「通級」という制度を利用することになりました。もちろん、娘にも確認しましたが、当初の娘は、親が言ってることを「いやだ、行きたくない」というような表現はできなかったのではないかと今、振り返ると推測されます。今思うと、親は使える制度を使って、専門の方と関わってもらった方が少しでも娘の気持ちが楽になるのではと良かれと思っていましたが、娘側の立場にたつと、通級でクラスを離れるとクラスメイトから「どこ行ってるの?」と思われることになり、自分達と違う、一般的ではないとクラスメイトに認識されることになるため、嫌な気持ちがあったのかもしれないとも思います。一概に診断を受けたからといって「通級」ありきではなく、その小学校の「通級」で子どもに何のメリットがあるのかを考え、子どもが行ってみて行きたくないと思ったら使用しないという選択も考えた方がいいと思います。私の娘は「通級」は週に1コマ、授業を抜けて受けることになりました。抜ける授業は担任が抜けても差しさわりない授業を挙げて、「通級」担当と相談し日程を決めておられました。親が様子を聞かない限り、通級の情報は全く入ってきません。娘は拒否なく通っていたそうで、信頼しお任せしていました。

小学校5・6年の担任の先生はベテランの先生で長男を担任されていたこともありました。私としても知っている先生なので安心していました。長期休暇の前は親も交えて担任と面談があります。その時に色々娘の様子を聞くことになるのですが、この時によく担任の先生が言われていたのは「切り替えがしにくい」ことでした。好きな本を読んでいる、チャイムが鳴ると次の授業の準備がある、みんなは準備しているけれど本をずっと読んでいて授業の準備をしない、注意すると大声を出して本をずっと読んでいる。大きな音が出るタイマーを聞いたら気づいてくれるだろうか、家ではどうしていますかと困っておられる様子でした。高学年になると、科目によって先生が代わるのですが、担任の先生の話によると男の先生の時は比較的切り替えは早く困ることはない。担任になるとなかなか指示が入らないと言っておられました。小学校4年生まで家に帰ると忘れ物・失くし物・嘘をついたりと色々と私に叱られることが多かったことから、この当時の娘は家ではおとなしく、切り替えできない、指示が入らないということは全くありませんでした。娘自身が自分の思いを態度に出していい人、出せない人と本能的に感じて行動していたと思います。担任の先生には「先生だからしているのだと思います。先生に甘えているのだと思います。タイマーを近くにおいても行動はかわらないと思います。家では緊張して気をはって過ごしていることがわかります。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。」といつも伝えていました。おそらくこの担任の先生だから、面談時に少しの話で済んでいるのだろうなと思いました。もっともっと迷惑をかけていることがたくさんあったと思います。でも、伝えることで私のストレスと娘との関係を考えてくださったのだと今でも感謝しています。

中学生になると、娘の特性のことを全く知らない先生たちになるので不安でした。不安だということを小学校の先生にお伝えし、相談したところ、娘のことを事前に先生たちに知っておいてもらう場を設けていただけることになりました。校長先生ともう1人、先生がいらっしゃって小学校時の出来事や共有したいことをお伝えしました。娘自身は私がそのような行動をしていたことは知りません。中学入学前に親ができることはここまでだと自分に言い聞かせ、娘は中学校に入学しました。中学校は部活があります。行動範囲が広がっていきます。体験していないことをイメージしづらいので、部活で遠くに行くことがあっても、何が必要かよくわかっておらず、そもそもその日に部活で遠征に行くことも親は聞いていないので、土曜や日曜など当日の早朝にまたは前日の夜遅くに必要なもので自分が準備できないものを言ってくることがたくさんありました。事前にということを何度も伝えてきましたが、中学生時代は部活の色々で振り回されていました。本人は楽しそうだったので良かったのですが。

中学生になる時に、娘に心配なことはないか聞くと「勉強がついていけるか心配。」と言いました。 おそらく授業中に先生から話を聞いていても、イメージしにくい部分やその場の集中が分散されやすいところで、理解しにくいことも予想されました。中学卒業してからの娘の希望を聞くと「公立高校の進学」でした。自閉スペクトラム症という診断がついているので、「デイサービス」というサポートが使えます。デイサービスにも色々と特色があります。娘は「勉強が心配」だったので、学習をサポートしてくれるデイサービスを探しました。娘と一緒に見学・相談に行き、そのデイサービスは家まで送迎してくださる、学習をマンツーマンで教えてくださるといった娘の希望に即していました。親としては、送迎があるのは助かりました。デイサービスまで行く公共機関で乗り間違えたら・・・途中で気になることがあって気がそれることがあってデイに行けない、もしくは家に帰ってこれないかもしれない・・・など送迎がなければ心配でたまらなかっただろうと思います。見学に行った雰囲気は悪くないと娘は言い、中学1年生から娘の希望を適宜確認し、週に2~3回、各1時間半デイサービスに通って学習サポートを高校受験までしていただきました。本当に塾のようなサービスでした。

ここで皆さんにお伝えしたいのは、私が個人的に行動したということです。行政に相談しても詳しい紹介などありませんでした。自閉スペクトラム症の子どもを持つ親は自分で子どもに今、何のサービスが使えて、何が子どもに必要で、どこにそんなサービスをしているところがあるのか、自分で調べ、行動する必要がありました。半年に一度くらいの受診で医師は現在の状況を確認し、親や本人に困っていることがないか確認する。娘自身は困っていないので、親の対応としてどうしたらいいかの相談がメインになっていました。投薬もないので看護師さんと話す状況にもならなくて、日々の困りごとを解決する相談相手はいませんでした。娘が学習に悩んでいて、そのサポートを受けること自体は、娘にとってだめなことではないだろうと自分自身を信じて、行動していくしかありませんでした。中学生になると思春期なので、親以外の大人と接して家や学校以外に居場所ができる可能性がある。親以外の大人と接する時間を持つことはいいことだとも思えたので、デイサービスに関しては迷いはありませんでした。デイサービスを使用してから、少しずつ変化したのは娘の自傷行為です。たまには腕や足を強く引っ搔くことはありましたが、徐々に頻度は減っていきました。自分の思いを言葉で伝えていく場ができたからかもしれないと私は推測しています。

高校受験では自分の志望校に合格しました。中学入学前に事前に情報共有するということは、高校ではしませんでした。親が入らなくても、何かあれば高校から話があるはずだと考えました。逆に事前に情報共有することで娘が先入観をもって見られる可能性も考えました。高校生から暴言・暴力・親に反抗など「思春期」に突入しました。ここで大きくきっかけになったのは「スマホ」でした。高校生から約束事を決めてスマホを買い与えました。ここから娘の思想・価値観など多分後押ししてくれたのかもしれません。顔も見ない人とのやりとりも多数あったようです。スマホを使用する時間を決定し、それ以上は使えないような設定などしましたが、バックグラウンドで使用していたので、約束事は守りません。いつでもどこでもスマホを手放さなくなりました。それまでは、家では従順でおとなしく、学校やデイでは違うという状態が、家では自分の主張をし始め、従順ではなくなりました。よく私とのやりとりで「うるさい!」「うざい!!」など怒鳴られたのが、毎日の「お風呂入って」でした。ごはんは空腹なのか比較的すぐに食べてくれたのですが、常にスマホを触っていて、切り替えがしにくいので、「お風呂に入って」と伝えても、1時間以上入ってくれない、入ったら1時間以上出てこないなど、娘のお風呂が終わらないとできない家事もあり、日常生活で困りました。ひどい時は、「お風呂入って」「うるさい」「入ってくれないと○○できないから、お母さん明日も朝から仕事だし入ってほしい」と伝えたら「うるさいんじゃ」とお腹を思いきり蹴ってくることもありました。腕をひっかく、つねるもありました。暴力がある時は本当に辛かったです。私自身が楽になりたいと実子の2人を連れて別居するか夫と話し合う時もありました。今回のテーマは思春期ですが、自閉スペクトラム症の特性として言語だけの理解はしづらい・相手の立場にたって物事を考えにくい・切り替えがしにくいといったことはあるので、これだけは譲れない以外はこちらがしてもらいたいことをしてもらおうとする考えはゆるゆるでいた方がお互いに楽に過ごせると思います。家族全員の入浴後にしたかった家事をやらないという選択ものちにしました。自分が自分のしたいことに執着していたなとあとから気づきました。

思春期はとても困っていましたが、自己のアイデンティティを育てるうえで必要なことなので、いわゆる反抗期という行動で自分の自己主張をしている娘の様子を見るのは、嬉しくも思っていました。そのような思春期は高校2年生あたりから専門学校の3年生17歳から21歳くらいまでありました。

しかし、避けて通れないのは娘の行動として困っていたこと、「盗む」です。

これは、例えばキッチンに家族の夕食の肉じゃががお鍋にあったとします。いざ夕食に出そうとしたら、お鍋にほとんどなくなっていた。

息子の財布から5千円なくなっていた。

娘の持ち物として買っていない物を持っている。例えばシャーペンや文具。

悪いことをしていると自分では理解しているけれど、盗らずにいられない。この行動は小学生時代からずっとありました。ここでの家族の対応としてどうしていたかは次にお伝えしたいと思います。

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