娘が3歳の頃、私は二人の息子の母親から、三人の子どもの母親になりました。
ステップファミリーとして生活を始めた当初は、「二人も三人も同じ。きっと大丈夫」と思っていました。家族を幸せにしたい。その気持ちは、娘を迎えた時から変わりませんでした。
けれど、娘が小学校に入学すると、集団生活のなかで協調することが難しい場面や、担任の先生の手を煩わせることが少しずつ増えていきました。
当時の私は、娘の行動をどう受け止め、どう関わればよいのか悩みながら、毎日を過ごしていました。
一般的には、子どもに手がかかると、その原因を親の関わり方や家庭環境に求められることがあります。もちろん、家庭環境や親の関わりが子どもに影響する場合はあります。
ただ、すべての行動が家庭環境だけで説明できるわけではありません。
娘の場合も、家庭では見られない行動を学校や学童で指摘されることがありました。私はそのたびに、何がいけないのか、どうすれば娘が困らずに過ごせるのかを考えていました。
そんななか、警察から「継母という環境では、虐待が起こる可能性が一般的に高い」といった説明を受けました。他にも色々と言われた言葉もありました。
私は、娘に一生懸命関わってきたつもりでした。
それなのに、私の関わりや悩みを知ろうとされる前に、「継母である」という立場から虐待の可能性を見られているように感じました。
怒りを通り越して、悲しくなりました。
「一生懸命に関わっていても、誰もそこを見ようとはしてくれないのだろうか」
そんな気持ちが残りました。
さらに後になって、私の知らないところで、娘が校長室に呼ばれていたことを知りました。
娘はそこで、「お母さんに叩かれていないか」と聞かれ、顔や腕の掻き傷の写真も撮られていました。
もし本当に娘が虐待を受けていたのなら、学校が娘を守ろうとすることは必要です。その行動自体を否定するつもりはありません。
ただ、私のなかには複雑な思いもありました。
娘の学校での様子や行動から、家庭環境に問題があるのではないか、継母だから虐待の可能性があるのではないかという流れになっているように感じたからです。
私がこれまで娘にどのように関わってきたのか。
家庭でどんなことに悩み、何とかしようとしていたのか。
そうしたことを、学校側から聞かれることはありませんでした。
娘の安全を確認することと、母親を最初から疑うことは、本来別のことではないかと思います。
当時の私は、娘のことで相談できる場所を見つけられませんでした。
もしかすると、どこかに相談先はあったのかもしれません。でも、毎日を過ごすだけで精いっぱいで、自分が相談してよい立場なのかも分かりませんでした。
「私が娘にとって邪魔なのではないか」
「私がいなくなれば、娘はよい方向に変わるのではないか」
そんな考えが浮かぶこともありました。
娘以外にも二人の息子がいました。三人の子どもと過ごすなかには、もちろん楽しい時間もありました。
子どもたちと笑ったり、何気ない会話をしたりする時間は、確かに幸せでした。
けれど、周囲から向けられる視線や言葉によって、その幸せな時間まで変わってしまったように感じる時期がありました。
私は、母親として何をしても認めてもらえないような気持ちになり、自分の存在価値まで揺らいでいました。
娘を守るために動いてほしい。
でも同時に、母親である私のことも、娘のことを心配しながら関わってきた一人の人間として見てほしかった。
それが、当時の私の本当の気持ちでした。
今振り返ると、学校が虐待の可能性を確認することは必要だったのだと思います。子どもの安全を守るために、疑いがあれば確認する。それは当然のことです。
ただ、その過程で、親もまた孤独になり、追い詰められることがあります。
子どもの行動に困っている親が、家庭環境を疑われ、誰にも相談できなくなってしまうこともあります。
私が一番つらかったのは、娘の行動そのものだけではありません。
娘のために何とかしたいと思って関わってきた自分の存在まで、否定されたように感じたことでした。
発達の特性に気づくまでには、子どもだけでなく、親もまた多くの迷いや孤独を抱えています。
この経験があったからこそ、私は今、子どもの行動だけでなく、その背景にある発達の特性にも目を向ける必要があると考えています。
親の関わり方や家庭環境を確認することは、子どもの安全を守るために必要です。
けれど、子どもの行動に悩み、どう関わればよいのか分からずに苦しんでいる親を、最初から「問題のある親」として見るだけでは、親も子どもも孤立してしまいます。
私自身、当時は「私の関わり方が悪いのかもしれない」と何度も自分を責めました。
けれど、あとになって娘の発達の特性を知り、あの頃の行動には、私の育て方だけでは説明できない部分があったのだと分かりました。
もし今、子どもの行動に悩みながら、周囲から家庭や親の関わり方を疑われている方がいるなら、その苦しさを一人で抱え込まないでほしいと思います。
子どもの安全を守ることと、親の苦しさに目を向けることは、両立できるはずです。
娘が自閉スペクトラム症と分かるまでの出来事については、noteに時系列で書いています。
診断前、娘にどのような行動があり、私はどのように受け止め、関わっていたのか。
同じように子どもの発達が気になっている方に、何か一つでも参考になればと思っています。

