昨日の夜は、食べたい気持ちを我慢して、そのままやり過ごすことができた。
「今日は食べずに済んだ」と少し嬉しく思っていたのに、今朝、体重計に乗ると前日より0.1kg増えていた。
たった0.1kg。
誤差の範囲だと頭ではわかっている。それでも、大台に乗るか乗らないか。その数字の違いだけで、気持ちが一気に萎えてしまう。
一方で、体脂肪率は前日より0.3%下がっていた。
これだって家庭用の体組成計の数値だから、0.3%程度なら誤差の範囲だろう。それでも私は、食事ノートにこう書いた。
「体重が増えても、見るべきなのは体脂肪率」
以前の私なら、体重が増えたという事実だけで「昨日の努力は無駄だった」と考えていたと思う。
でも今は、そうではない。
数字に一喜一憂する自分がいることを認めながら、別の見方をすることもできるようになってきた。
この考え方が少しずつ育ってきたことは、自分でも大きな変化だと思っている。
20代のころ。「これを飲めば痩せる」という考え
私はこれまで、ダイエットにかなりのお金を使ってきた。
漢方、シブトラミン、サノレックス、GLP-1注射、リベルサス。
「これを使えば痩せる」と聞けば調べて購入し、ダイエット本も50冊はくだらないと思う。
買った本を読んで、「なるほど、これなら痩せられそう」と思う。
そして三日坊主。
そのうち本棚に並んだ本を見なくなり、まとめてブックオフへ持っていく。
そんなことを何度も繰り返してきた。
体型は変わらない。
場合によっては、以前より体重が増えている。
20代のころには、体重が40kg台後半になることすら許せなかった。
そんなとき、知り合いから「sitting」という漢方だと聞かされたものを購入した。
飲み始めると、特に何か努力をしている感覚がないのに、みるみる体重が落ちていった。
45kgを下回り、私は満足していた。
ところが、その後、その薬には甲状腺機能を高める成分など、人体にとって問題となる成分が含まれていたと知った。
さらに、それに近い成分を含む痩せ薬を服用していた女性が亡くなったことを知り、危険なものだったのだと認識した。その後その薬は販売不可となっていた。
知り合いから紹介されて服用したとはいえ、今振り返ると本当に怖い。
産後太り。そして、リバウンドの繰り返し
その後、結婚し、出産。
産後太りという言葉とは無縁ではいられなくなった。
そこからは、痩せては戻り、また痩せようとしては続かないという繰り返し。
「これを飲めば痩せる」「これを続ければ痩せる」
そんな商品や方法を次々に探した。
そして、またお金を使う。
今思えば、私はダイエットをしていたというより、「痩せさせてくれる何か」を探し続けていたのだと思う。
シブトラミンとサノレックス
シブトラミンも使った。
海外で死亡例が報告され、その後販売できなくなった薬だが、私自身は飲んでも期待したほど痩せなかった。
ときどき頭痛がしたことも覚えている。
その後、サノレックスも服用した。
サノレックスを入手するためにいろいろ調べ、複数の病院を受診したこともある。
当時、私にとっては決して安くない薬だった。
実際に4~5kgほど体重が落ちたこともあった。
でも、サノレックスを飲んだからといって、食べようと思えば食べられる。
「薬を飲んでいるから、自然に食べなくなる」というほど単純ではなかった。
高いお金を払って薬を買っても、思っていたようには痩せない。
1日2錠にすると、夜に寝つきにくくなるように感じたこともあった。
GLP-1注射という選択
今ではマンジャロなどのGLP-1関連薬が広く知られるようになったが、私はそれよりずっと前、10年以上前にGLP-1というものを知った。
当時もかなり高額だった。
それでも私は、何十万円も払って、1年ほど毎日皮下注射をしていた。
徐々に身体を慣らしていくため、最初から劇的に体重が落ちるわけではない。
薬の量を増やしていくと、吐き気や頭痛などの症状が出るようになった。
食べられないほど気持ちが悪い。
結果として体重は5kgほど減っていった。
でも、それは「健康的に食事を整えて痩せた」という感覚ではなかった。
常に胃が膨満しているような感じがあり、吐き気もある。
仕事も家事も育児もある。
体調が悪ければ、当然パフォーマンスも落ちる。
薬の量を減らせば、また食べられる。
「薬の力で食欲を抑え続けなければ痩せられない」という状態に、私は違和感を持つようになった。
リベルサスへ。便利になっても、問題は変わらなかった
その後、GLP-1の飲み薬であるリベルサスに切り替えた。
注射ではなく飲み薬。それなら手軽だと思った。
ただ、これも高い。本当に高かった。
3mg、7mg、14mgとあり、私の場合は3mgは慣らしていく段階という感覚だった。
7mgで過ごせればいいけれど、そうすると食べられてしまう。
14mgにすると吐き気が強くなり、日常生活を送ること自体がしんどくなる。
サノレックスと併用したこともある。
それでも、食べようと思えば食べられる。
結局、思うようには痩せなかった。
そんな中、採血検査でアミラーゼの値が少し上がった。
リベルサスには膵炎という副作用の可能性がある。
看護師である私は、その数値を見た瞬間に「リベルサスの影響ではないか」と考えた。
それ以来、リベルサスは使わなくなった。
二度目のリベルサス。そして、苦しんだ3日間
それから2年ほど、リベルサスは使っていなかった。
そして今年6月。
今度こそ、本格的に地道なダイエットをやっていこうと決めた矢先だった。
手元には、以前のリベルサスが残っていた。
「1回飲めば、少し食べずにいられるんじゃないか」
「2年も経っているし、大丈夫じゃないか」
そんな安易な考えで、残っていた薬を飲んでしまった。
結果は散々だった。
吐き気に苦しみ、3日間、ほとんど飲まず食わずで過ごすことになった。
本当に苦しかった。
まだ薬は残っている。でも、もう二度と飲まない。そう決めた。
私は「他責思考」で痩せようとしていた
これまでのダイエットを振り返って、気づいたことがある。
私はずっと「他責思考」で痩せようとしていた。
もちろん、薬や商品そのものが悪いという話ではない。
必要な人が医師の管理のもとで治療として使うものもある。
問題は、私自身の考え方だった。
「これを使えば痩せる」
「これを飲めば食欲がなくなる」
「これを続ければ痩せられる」
つまり、自分が変わるのではなく、何かに自分を変えてもらおうとしていた。
楽に痩せたい。一気に痩せたい。努力せずに結果だけ欲しい。
そんな思考が、なかなか抜けなかった。
「痩せ姫」を見ながら、自分を責めていた
ダイエットに関する本を読んでいると、本当にいろいろな方法が出てくる。
その中には「こんなことまでできるの?」と思うような方法もある。
私は、そんなことを実行できる人たちをすごいと思っていた。
同時に、
「自分にはできない」「私は意思が弱い」「また食べてしまった」
と、自分を責めていた。
痩せたいと思っているのに、また何かを口に入れている。「痩せ姫」たちとは程遠い存在。
お腹が空いているわけではない。
それでも食べる。
今思えば、何かを口に入れることで、目の前にある現実まで一緒に飲み込んでしまおうとしていたのかもしれない。
痩せたい自分から、ずっと逃げていた。
そして、そんな自分が嫌だった。
でも、もしかしたら、食べることは当時の私にとって、自分を守る方法でもあったのだと思う。
もう「食べること」で自分を守るのはやめたい
だからといって、これからも食べることで自分を守り続ける必要はない。
もう、そこから卒業したい。
口に入れるものは何なのか。どんな栄養があるのか。食べたら動く。
自分の身体を自分で管理する。
「痩せさせてくれる何か」を探すのではなく、自分自身が自分の身体と向き合う。
今の私は、そこへ少しずつ考え方を変えている。
だからこそ、今朝の0.1kg増に心が萎えたことも、なかったことにはしない。
「気にするな」と自分に言い聞かせるだけでもない。
気になる。大台に乗ったら嫌だ。
昨日頑張ったのに、なんで増えるんだと思う。
それは今も変わらない。
でも、その横で「体脂肪率は0.3%下がっている」「そもそも家庭用の体組成計の数字には誤差がある」と考える自分もいる。
この二つの自分が、今は同時に存在している。
以前なら、体重が増えたという一つの数字だけで全部を判断していた。
今は、少し立ち止まって考えられる。
これも、ダイエットの一部なのだと思う。
子どもたちのためにも、できるだけ健康でいたい。
そのためには、短期間で何kg落とすかだけではなく、これから先、自分の身体をどう管理していくかを考えなければならない。
食べることから逃げるのでもない。
薬に任せるのでもない。
自分を責め続けるのでもない。
何を食べるのか。
なぜ食べるのか。
食べたらどう動くのか。
そして、今日できなかったことがあったとしても、明日はまた自分で選ぶ。
こうして書きながら、自分自身に言い聞かせている。
「これは自分で選んでいることなのか。それとも、何かのせいにして逃げようとしているのか」
これからは、その問いを持っていたい。
ダイエットだけではなく、自分の生き方そのものについても。


