50代でブログを始めた理由|このブログで伝えたいこと

暮らし

ブログを書き始めてもうすぐ20投稿。

これまで、お香のことや暮らしのこと、映画のことなど、そのときの自分が「いいな」と思ったことを書いてきました。

でも今日は、少しだけ「どうして私はブログを書いているのか」を書いてみようと思います。

私は50代になり、「終活」という言葉を以前より身近に感じるようになりました。

終活といっても、何かを終わらせる準備ではなく、「これからをどう生きるか」を考える時間が増えたという意味です。振り返ると、1人の人間の人生には、本当にいろいろな出来事があります。

私も、先天性股関節脱臼で生まれ、「普通に歩きたい」と願いながら過ごした子ども時代がありました。その後、離婚、ステップファミリー、自閉スペクトラム症の娘との子育て、人工股関節の手術、摂食障害など、人生ではさまざまな出来事を経験してきました。

そのひとつひとつは、そのときは苦しく、「どうして私ばかり」と思ったこともあります。

でも今は、その経験のどれひとつも、今の私をつくってくれた大切な時間だったと思えるようになっています。

私は「普通」に憧れていました

私は先天性股関節脱臼で生まれました。

子どもの頃から歩き方が少し違い、歩く自分を見るのが嫌でした。

2~3歳の頃、一度病院で診てもらったそうですが異常は見つからず、本当の診断がついたのは5歳になってからでした。その頃には、歩き方は「跛行(はこう)」と呼ばれる、足を引きずる歩き方になっていました。

5歳以降は4回の手術を受け、長期入院を繰り返しました。今のような数週間ではなく、当時は何か月も入院するのが当たり前の時代です。

小学校へまともに通えるようになったのは4年生になってからでした。いつも松葉杖をつき、体育は見学。私にとって、それが当たり前の日常でした。

「普通に歩きたい。」その願いは、子どもの頃からずっと心の中にありました。みんなが当たり前のように歩き、走り、遊んでいる。私にとって、その「当たり前」が何よりもうらやましかったのです。

「障害は個性」という言葉を耳にすることがあります。でも、子どもの頃の私は、そんなふうには思えませんでした。「そんな個性はいらない。ただ、普通に歩きたかった。」それが、あの頃の偽りのない気持ちでした。

頑張ることが当たり前だった

身体的には、できないことや諦めなければならないこともありました。だからこそ、それ以外のことは人より頑張らなければいけないと思っていました。

迷惑をかけないように。
できないことは努力で補わなければいけない。それが、子どもの頃からの私の当たり前でした。

そんなふうに過ごしているうちに、「助けて」と言うことが、とても苦手になっていました。

周りからは、「しっかりしているね」「何でも一人でできるね」と言われることがよくありました。

困っている人がいれば手を貸す。
頼まれたことは最後までやり遂げる。でも、自分が誰かを頼ることはありませんでした。

正確には、頼れなかったのだと思います。頼り方を知らなかったのです。そんな私を見て、「隙がない人」という印象を持つ人もいたようです。

でも、本当は違いました。

私は強かったわけでも、何でもできたわけでもありません。ただ、人に頼ることができなかっただけでした。

困っていても「大丈夫」。つらくても「私がやればいい」。誰かを頼るくらいなら、自分が頑張ればいい。当時の私は、誰かを頼ることは相手に迷惑をかけることだと信じていました。

そんな生き方が、いつの間にか当たり前になっていました。

人生は思い通りにはいかなかった

その生き方は、仕事だけではなく、家庭でも同じでした。

1人で抱え込み、1人で頑張り続けることが当たり前になり、気づけば心にも体にも無理を重ねていました。

人生は、思い描いていたようには進みませんでした。

私は、親が離婚した家庭で育ち、父親に引き取られました。5歳で初めての入院と手術を終えて家に帰ったとき、実の母はもう家にはいませんでした。

家庭の中で母親がどんな存在なのか、どんな役割を担うのかを、私は経験として知りません。私が思い描いていた「母親」は、ドラマの中で見る姿でした。

だからこそ、自分が家庭を持つなら、家族が帰るとほっとできる、あたたかな居場所をつくりたい。そんな思いを強く抱いていました。

けれど、現実は思い描いていた通りにはいかず、離婚を経験しました。その後、ステップファミリーとして、新しい家族の形を築いていくことになりました。

子育てもまた、想像していたものとは違いました。

自閉スペクトラム症の娘と向き合う中で、悩み、迷い、「どうすればいいんだろう」「これでいいのかな」と答えの見えない毎日を過ごした時期もありました。

それでも私は、「大丈夫」「私がやればいい」と自分に言い聞かせながら、1人で抱え込み続けていました。

もがいて、もがいて、前へ進むしかありませんでした。進めているのかさえ、わからない日もありました。

今振り返ると、それは強さではなく、誰にも頼れなかった私の不器用な生き方だったのだと思います。

人生には、自分ではどうにもできないことがあります。どれだけ頑張っても、思うようにならないこともあります。

人工股関節の手術を受けたこと、摂食障害と向き合った時間も、そのひとつでした。

決して平坦な人生ではありませんでした。

それでも、そのひとつひとつの経験が、今の私をつくってくれたのだと思っています。

このブログで伝えたいこと

あの頃は苦しかった出来事も、今では誰かの気持ちを理解するための大切な経験になりました。

人は、見た目ではわからないものを、それぞれ抱えながら生きているということ。

笑っていても、元気そうに見えても、心の中では必死に踏ん張っている人がいるということを、私は経験を通して知りました。

だから私は、このブログを書いています。

特別な誰かの人生ではなく、1人の人間がどんなふうに悩み、笑い、立ち止まり、また歩いてきたのか。そんな日々を、少しずつ言葉に残していきたいと思っています。誰かに答えを教えたいわけではありません。

「私もそうだった。」
「そんなふうに感じる人もいるんだ。」そう思ってもらえたら、それだけで十分です。

このブログが、誰かにとって少しだけ肩の力を抜き、安心して深呼吸ができる場所になれたらうれしいです。

私自身には、そんな場所がありませんでした。
だからこそ、苦しいときやつらい時に、ほんの少しでも心が軽くなるような場所をつくれたらと思っています。

このブログは、人工股関節や発達障害など、ひとつのテーマだけを発信するブログではありません。

先天性股関節脱臼、離婚、ステップファミリー、自閉スペクトラム症の娘との子育て、人工股関節の手術、摂食障害――。

さまざまな出来事を経験してきた、1人の人間の人生と、50代の日々の暮らしを綴るブログです。

誰の人生にも、その人だけの物語があります。

私の言葉が、誰かにとって「自分だけじゃなかった」と思えるきっかけになったり、少し気分転換ができる場所になったりしたら、とてもうれしく思います。

そんな思いを胸に、これからも飾らず、自分の言葉で書き続けていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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