「お母さんみたいになれない」と言われて気づいた、子どもが本当に求めていた家庭

成人した子どもたちとの関わり

現在、3人の子どもたちは全員成人しています。

子育てを振り返ると、忘れられない出来事がいくつかありますが、その中でも私の子育て観を大きく変えた出来事があります。

当時の私は、仕事と家事、育児に追われながらも、「子どもたちが家では安心して過ごせるように」と、それだけを願って毎日を過ごしていました。

でも、私が良かれと思って続けていたことが、実は子どもに違う形で伝わっていたのです。

今日は、子どもから教えてもらった「安心できる家庭」についてお話ししたいと思います。


「お母さんみたいになれない」と長男が泣いた日

長男が中学生の頃のことです。

詳しいきっかけは思い出せないのですが、話をしている最中に突然、

「僕はお母さんみたいにちゃんとできない!」

「お母さんみたいにはなれない!」と、大声で泣きながら怒鳴りました。

私は驚いて、

「別にお母さんになる必要なんてないよ。そんなこと望んでもいないよ。」と伝えました。

すると長男は、

「お母さんが言ってなくてもそう思う!」

「お母さんは何でもできる。でも僕はできない。」と涙を流しました。


子どもの気持ちを大切にしてきたつもりだった

私は昔から、

「子どもは親の所有物ではなく、1人の人格を持った人」

という考えを大切にしてきました。

幼い頃から、できるだけ子どもの意思を尊重し、「どうしたい?」と問いかけることを意識していました。

それは、私自身が子どもの頃、父に気持ちを聞いてもらえなかった経験があったからです。

だからこそ、「私は押しつけない子育てをしてきた」そう思っていました。

それだけに、長男の言葉は本当にショックでした。

私は、

「○○には○○らしく生きてほしいと思っているよ。そう伝えてきたつもりだったけど、伝わっていなかったんだね。教えてくれてありがとう。これから気をつけるね。」と話しました。

その後、1人で部屋に入り、悲しくて泣きました。

でも同時に、長男もきっと勇気を振り絞って伝えてくれたのだと思いました。

だからこそ、この出来事から目を背けず、自分自身を振り返ろうと思ったのです。


私は「完璧なお母さん」を演じていたのかもしれない

振り返ると、私は毎日必死でした。

仕事が終わればお腹をすかせた子どもたちのために急いで夕食を作り、栄養バランスも考える。

家はなるべくきれいな状態に保ち、必要な宿題や持ち物の確認をし、家族に迷惑をかけないように動き続けていました。

休日も掃除、1週間の献立を考えて買い物、子どもとの時間。

自分がゆっくり座る時間なんて、ほとんどありませんでした。

母親とはどうあるべきか分からなかった私は、

「頑張るしかない、母親なんだ」そう思い込み、自分なりの完璧を目指していたのです。

でも、その姿を毎日見ていた長男は、

「お母さんはこんなに頑張っているのに、自分はできない」

と感じていたのかもしれません。

私は安心できる家庭を作りたかったのに、

休むことのない母親の姿が、知らず知らずのうちに子どもへプレッシャーを与えていたのではないかと気づきました。


次男の一言で確信したこと

それから私は、少しだけ家での過ごし方を変えてみました。

休日のある日、お昼にリビングで横になることを自分に許してみたのです。

ある日、昼寝から目を覚ますと、次男が近くにいました。

私は思わず、

「ごめんね。お母さん、昼寝しちゃった。今日はどこにも連れて行けなくてごめんね。」

と言いました。

すると次男は笑って、

「そんなんいいよ。ゲームしてたし。お母さんが寝てたら安心する。」と言ったのです。

その言葉を聞いた瞬間、その一言に、胸がいっぱいになりました。

そして、「あぁ、やっぱりそうだったんだ。」と胸にストンと落ちました。

私は、子どもに安心できる家をつくりたいと思っていました。
でも実際には、「休まず頑張るお母さん」しか見せていなかったのです。

子どもは、完璧なお母さんを求めていたわけではありませんでした。
疲れたら休む。笑う。失敗する。
そんな「人としてのお母さん」が、子どもにとっては安心だったのだと、そのとき初めて気づきました。


子どもが教えてくれた「安心できる家庭」

あの日から、私の家庭での過ごし方は少しずつ変わりました。

家族にゆっくりしてほしいなら、まず私自身がホッとする時間を持つこと。

家族に安心してほしいなら、まず私自身が安心して過ごすこと。

それが結果的に、家族みんなが肩の力を抜ける家庭につながるのだと教えてもらいました。


まとめ

子育てをしていると、

「もっと頑張らないと。」

「ちゃんとしないと。」そんな気持ちになることがあります。

私もそうでした。

でも、子どもたちが求めていたのは、完璧なお母さんではありませんでした。

疲れたら休んでいい。

家事が少し残る日があってもいい。

笑って過ごせる日があること。

そんな日常こそが、子どもにとって「安心できる家庭」なのかもしれません。

今でも家事はあります。やることは減りません。でも、子どもの前で『今日は疲れたな』と言って横になることを、自分に許せるようになりました。あの日、次男が『お母さんが寝てたら安心する』と言ってくれた言葉は、私にとって『安心できる家』の意味を教えてくれた一言でした。」

もし今、肩に力が入りすぎているお母さんがいたら、今日だけは少し自分を休ませてあげてください。

あなたがホッとひと息つくことは、決して怠けることではありません。子どもは、頑張る親の背中だけを見て育つのではありません。力を抜く姿や、休む姿からも、「人は休んでもいいんだ」という安心を受け取っているのかもしれません。

それは、家族に安心を届ける時間なのかもしれません。

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